世界中の著名人・経営者・アスリート・芸能人・映画・ドラマ・アニメ・漫画の名言格言集です。

名言格言.NET

お笑い芸人の名言

間寛平の名言・格言

投稿日:

間寛平

hazama-kanpei

間 寛平(はざま かんぺい)

出身地:高知県宿毛市 生誕:1949年7月20日 職業:お笑いタレント、俳優、歌手

よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京所属。吉本新喜劇のスターとして関西で絶大な人気を得た。「アヘアヘアヘアヘ…」「ア〜メマ!」「かい〜の」などのギャグで有名。

Sponsored Link

間寛平の名言・格言

ランニングを始めてなかったら?死んでたんちゃう?酒ばっか飲んでたし、タバコ喫ってたし。いまこんなことやれてるのも、ずっと走ってきたから。そう思うで
吉本でも才能ないし、セリフももらえんし、もうやめたいなぁと思ってたときに、芸人の木村進の励ましで思い直した。彼とはいいライバルでね。24歳のときに吉本新喜劇で木村とコンビで2人座長になったんです。でも一本立ちして1人で座長やれと言われたとき、それまで木村に頼ってたから僕は全然仕切れないわけ。そんなとき、めだかちゃん(池乃めだか)が入ってきて、僕をサポートしてくれてね。彼らがいなかったら、多分僕は潰れてたと思うよ。
もともとアースマラソンをやろう思ったのは2005年。ゴルフの帰りに木更津あたりを車で走ってたらバーンってひらめいた。「あ、地球一周や」って。すぐに嫁はんに「俺、地球一周するわー」と電話したのが始まりや
ホンマは難波から梅田まで走るのもしんどい
ホンマに(地球は)丸いって肌で感じますよ。東に向かって走ったらホンマに西から帰ってくるから
ホノルルマラソンも走れってなった。今度は郷ひろみの記録、3時間38分を切ったらギャラ倍にしてやるって言われて。これも切ったよ。3時間13分57秒。それからや。気合い入れてやろかなあと思ったのは
僕は『あほやな~』と言われて45年やってきました
不思議なんですけど、地球を一周するということも、普通に(神が)降りてきたんですよ
不安もあったんですけど、どんなことがあっても地球を一周するまでは、日本には絶対に帰らん、と自分で決めて出た
病気と走るという事は全く別物と先生に聞きました。めっちゃうれしかったです
人に甘えて、そのつながりだけで生きてきた人間ですから、そのつながりは大切にしないといけません。だからこそ新年のごあいさつとなる年賀状は、毎年心を込めて、全部手で書いてるんです。お世話になった人、先輩後輩、吉本の関係者や芸人仲間たち、さらに高校の先生や野球部の先輩とも、ずっと年賀状を送り合っていますよ。全部で何百枚もあるから、書くのはメチャメチャ大変ですわ。でも、僕はパソコンとか、あまり使えんしね(笑)。気の利いたことなんて書けませんけど、手書きだと、やっぱりもらったときにあったかいでしょ。もらったときも、その一言がうれしいんです。
走らんでも、毎日、歩けばいい
走ってるときの頭の中は、無のときもあるし、距離を考えてることもある
人間関係を円満にするコツは、とにかく「甘えること」ですね。人は、自分に甘えて頼ってくる相手とは敵対しないんです。地球一周に挑戦したアースマラソンでもね、現地のコーディネーターとか、怪しい人もいますよ(笑)。でも僕が甘えていくと、彼らも態度が変わってきます。そしたらもう安心です。
日本に帰ってこれたのは奇跡以外のなにものでもない
どうせ死ぬんやったら、わし、走りながら死にたい
性格はよう似てんねんけど、全然違うなって、よく嫁はんにも言われる。慎太郎は神経質でコツコツタイプだけど、あんたはボ~っとしているねって(笑)
最初に走ったのは34のころ。きっかけは夢。自分が当時好きやったイカンガー(タンザニアのマラソン選手)になって、瀬古選手とデッドヒートする夢を2回も見て
子供の笑顔に国境はない
子ども達が『61になって。病気なって。それでも地球一周したおっちゃんや!』と覚えてくれると嬉しい
心も体もロックやから、飛ばしますよ
ここまで来ると自分で走ってる気がせえへん。みんなのごっついパワーで走らされてるんちゃうかなと思う
芸能生活は40年以上になりますけど、僕はホント、人とのつながりだけで、ここまでやれてきた。芸能界に入ったのも、交通事故で入院したときに見舞いに来てくれた同級生の紹介だし、吉本に移ったのもその友だちの知り合いの喫茶店のママさんに仲介してもらったから。あの日彼が見舞いにこなかったら、当時やっていたタイル職人を今でも続けていたかもしれんね。
距離はちょっと短めに考えるといい。あそこまで1.5kmぐらいやなと思っても、実際着いたら1kmしか走ってないと考える。どんどん頭を狂わしていくんや。そうしたらゴールしたときに「あれ、早っ!」と思える。考え方ひとつや
帰ってきて、日本は素晴らしい国だとびっくりした。こんな幸せな国に住んでるのに贅沢ばっかり言ってたなぁ
帰ってきたで。健康で元気な体に生んでくれてありがとう
オレなぁ、何ボ走っても、走っても、走っても、走っても、疲れへん夢見たんやわ。オレってマラソンに向いてんのかなぁ
俺が参ってしもたら病気で頑張っている人たちも余計に参ってしまうから。自分が頑張らなアカンと思うた…
俺、今のランニングブームに相当かかわってるよなあ。俺が走ってなかったら、24時間テレビのマラソンもなかった。ホノルルだってこんなに人気になってないで。もっと感謝してほしいわ(笑)
同じ事(アースマラソン)を誰かがやったら必ず死ぬ
いろいろあったけど、一番きつかったのは、トルコで前立腺がんがわかったとき。でも、俺はやっぱり芸人なんかな。もし死んだとしても、これは伝説になるでって思った
嫌な事はゴミ箱にポイ、ポイ、ポイ、ごみ収集車に持っていってもらいましょう、今日を楽しく、パンパピーノ
今、青森についてなななんとビックリクリクリクリックリ大雪や~~アへ
アースマラソンでもお世話になり、このような映画(『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー~感度サイコー!!!~』)にも親子で出演させていただいて、ありがたいですね。清志郎さんも喜んで、どこかで観ていると思いますよ
3kmの登り坂を走ったらパッと振り返って「おお、俺はすごいなあ」って自分を褒めんのや。そうすれば次のやる気も出てくる
『あのおっちゃんに比べれば、こんなんで参ってる場合じゃあらへん』と思ってくれたら最高ですね
(もう一度地球一周をやれといわれたら?)それは地球に失礼や!
(東日本大震災直後)本当は行きたいという気持ちがあったんですけど、すぐには行くべきではないと思いました。僕らも阪神大震災で家がつぶれ、『明日どうすんねん』という状態があったわけじゃないですか。そんなときに笑ってられへん
(走るときに聴く音楽は?)パンクやロック。長男で歌手をやってる慎太郎の曲も聴く
(日本でヨットの修理をしていた元マネージャーの比企さんから)口もきいたことのない人から『サンフランシスコに篠原という先生がいるから、すぐに行ったほうがいい。治してくれるから』と言われたそうで、調べてみたら、その先生は前立腺がんの名医でした。あのとき、その人が言ってくれなかったら、僕はどうなってるかわからなかったんです
(慎太郎は)頑張っているから、怒ることはない。勉強しろとか言ったことないよな
(お気に入りのコースは?)もう一回走ってみたいのはイランとチェコ。イランはとにかく人が優しいし、チェコは街がきれい。自然だけの場所よりも街のほうが好きやね

Sponsored Link

-お笑い芸人の名言
-

Copyright© 名言格言.NET , 2017 AllRights Reserved Powered by AFFINGER4.