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黒田博樹の名言・格言

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黒田博樹

kuroda-hiroki

黒田 博樹(くろだ ひろき)

出身地:大阪府大阪市 生年月日:1975年2月10日 職業:プロ野球選手

1996年ドラフト逆指名2位で広島東洋カープに入団。
2001年初の二桁12勝をマーク。2004年自己最速の157km/hを記録。アテネオリンピックでは野球日本代表に選出され中継ぎとして2勝し、銅メダル獲得に貢献。2008年にはMLB、ロサンゼルス・ドジャース、2012年にはヤンキースに所属しMLB通算79勝の成績を残す。2015年からは再び広島に復帰し活躍している。

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黒田博樹の名言・格言

勝ち負け以前に、投手として戦う姿勢を見せることが大切だと思っている
(座右の銘)
雪に耐えて梅花麗し ー 寒い冬を耐え忍んだ梅の木ほど、華麗な花をつける
中途半端な気持ちで広島に帰りたくない。心技体すべてそろわないとできないことです
1試合1試合の積み重ねですから。信頼されるためにはね
一試合一試合を全力で。これが最後の登板になるかもしれない
苦しまずして栄光なし
カープに来たことを正解にする
ニューヨークだろうが、カープだろうがマウンドで投げる重みは変わらない
僕が他球団のユニフォームを着て、広島市民球場でカープのファン、カープの選手を相手にボールを投げるのが自分の中で想像がつかなかった
その日の状態でベストの結果を出すだけ
残りの野球人生、そんなに長くないと思っていますし、その中で、帰ってきた以上は優勝するという目標を持ってますので、チームの力になってそこを目指したいなと思ってます
選んだ道が「正解」となるように自分で努力することが大切
(若手に対して)教えることはそんなにない。とにかくストライク先行でいけ
1年2年かけて得た自信こそ本当の自信になる
自分の力を信じるのはいい。周囲の評価を謙虚に受け入れる事も重要
それこそ0-1で負けても一敗ですし、10対9で勝っても勝ち星になるので、そういう意味でアメリカへ行ってから勝ち負けには執着しなくなりました。ですから、僕の感覚ではそこにこだわりがなくて……優勝できればそういう数字も、もしかしたらついてきてくれるのかもしれませんけど
メジャーでは、『常に100%の状態でマウンドに上がれることはない』と自分に言い聞かせてました。100%を求めると、もしそうでないとき、技術面もメンタル面もどんどんネガティブになる。基本、中4日のローテーションで回れたのは、切り替えができたから。開き直って投げるということを、勉強させてもらったかな
毎年、自分が変わっていかないことには本当に打たれます。去年からは緩急の差をつけたいと思って、カーブを取り入れました。相手にカーブもあるぞ、と思わせたくて
(若手選手への助言)自分がおかしいと思ったら首を振れ
仕事ですからね、野球は
勝ち星ではなかなか大投手と呼ばれる人たちに追いつかなかったとしても、そこは自分の力で行ける部分だと思うんで。イニングをこなすというのは、怪我をせず、コンディションを整えて投げ続けるということ。自分の野球が終わるときが来たら、そこは自分でそれなりに評価できるところじゃないかなと思います
不安だから練習すると思いますし、恐怖心があるからここまで来られたのではないかと思う
小学校から中学校までは親父が監督をするチームでプレーしていたんですけど、とにかくグラウンドに行くのが楽しみで仕方なかった。ただ、それ以降は地獄でしたけどね。だからこそ、今もあまり楽しんだらいけないと思っているのかもしれないですね。苦しまないといい仕事ができない、というか
僕は自信と過信は紙一重だと思うので。常に不安は持ったままです、何に対しても
プライベートな事柄をマウンドに持ち込むことは許されない
ヤンキースというチームに来て、あれだけの契約をしてもらいましたから(1年1000万ドル)、どうしても全部勝たなきゃいけない、という感覚になっていました。マラソンでいえばスタートしたてのまだまだ先が長いなか、ピッチが上がっていかないというのは相当しんどかったです
マウンドに上がる時は戦場に行く気持ち
(「日米通算の登板イニング数」が歴代最多となったことについての言葉)そうなんですよ。誰も気づいてくれないんです
ジャイアンツはいつの時代もいいメンバーが揃っているので、投げるのも大変です。でもその分、倒し甲斐のあるチームだと思っていますし、自分もジャイアンツと戦うことで育ててもらったというか、大きくさせてもらった部分があると思いますから、今年も同じ気持ちで投げたいと思います
アメリカン・リーグの東地区の球場はヒッターズ・パーク(バッター有利の狭い球場)ばかりだったので、そういう部分ではメジャーの方が大変でしたし、もともと僕がいたカープは広島市民球場でしたから。あの狭い球場を経験しているので、そういう意味では、広島のマツダスタジアムができて広くなったというのは、自分にとっては大きいんじゃないかなと思っています
僕がメジャーに行ったのは30代。けがをしたら終わりという年齢からスタートしてるんで、そういう意味での開き直りという強さもあったかもしれない。強さというのは、人間としてのスタミナ。すべてに対してのスタミナ、馬力が必要になる
マウンドに上がるのは怖くて怖くて仕方ない
自分は粘り強くない。目の前の目標にこだわる
日本に帰るならカープ
カープに入って本気で野球に取り組んだのは4年目から
アテネオリンピックの時に先発ではなくセットアッパーだったから今の僕がある
広島という環境が僕を育ててくれた
カープで優勝することが、自分のこれからの野球人生の中で高いモチベーションになるんじゃないかな?というのが一番だったと思います
僕自身はバッティングとか守備は上手くないので、その中で何を目指すかと言えば、やっぱり立ち居振る舞いだと思ってます。マウンドでの雰囲気というのは大事かなと思います
(メジャーでの7年間を振り返って)今から考えるとあっという間。1年1年、生き残っていくためにどうすればいいか常に考えてやってきた。一瞬で終わった感じです
今思えば、上宮は相当レベルが高かったんでしょうね。高校生活が3年間で本当によかった(笑)。でも、しんどいことでも、それを乗り越えられればその先に何かあるということがわかったし、だからこそ、きつかった経験をネガティブに捉えるのはもう止めようと思えるようになりました
結果がよければ、よくやったと褒めてもらえますけど、悪ければボロかすに叩かれますからね、この街は。覚悟してやっていますよ
マウンドで戦っているからこそ、野手も援護してやりたいと思うのです。
アメリカに来たのでアメリカの野球を受け入れないと、自分のことも受け入れてもらえないと思った。こっちに来た以上はこっちのやり方も自分でトライしてみないと。そういう姿勢というのは、みんなに伝わると思う。アメリカの野球をしに来たので、調整法であれ、トレーニングであれ、一度受け入れることは大事
怠けたくはない。登板するたびに自分を完全燃焼させたい。期待に応えられない時の怖さを維持したい
いつまで体が続くかわからないですけど、体が続く限り、チームのために投げていきたいと思っています
もしかしたらいつまでも野球を好きになれないのかもしれない。いや、好きだから続けているのかもしれない。子供のころからやっているので、宿命のように感じている部分もありますし、でも一方で何度か野球を辞めるタイミングがあったのに辞めなかったということは、好きなのかもしれない
(甲子園に出ていれば人生は変わっていましたか?)
天狗になってしまうということも含めて、まず、大学の進路が変わっていたでしょう。僕は専修大学に行って、『甲子園に出た選手には負けたくない』という気持ちでやっていた。そういうモチベーションは確実にあった。他の(強豪)大学に入っていたら、そういう気持ちも無く、そこで潰れていたかもしれない。だから、人生の節目ってあるんですよ
(チームの中心選手である)ジーターが、ポサダ(ヤンキースのOB)とかに、うちの投手陣で一番好きなピッチャーのヒロキだよ、っていつも紹介してくれたんです。お世辞かもしれないですけど、すごく嬉しかったし、また一緒にプレーしたいと思いましたね
ヤンキースでは8、9月になったら登板間にもブルペンに入らないほうがいいとコーチに勧められました。日本では怖くて、そんな調整はなかなかできませんでしたけど、そういう考え方もあるんだと、これも勉強させてもらいました
日本とアメリカで求められる物が違えば僕の仕事も変化する
現時点で僕は、野球人生がいつ終わっても、もう悔いはないと思っています。最後がどういう形になるのか、今はまだまったく想像がつきませんけど、メジャーでやらせてもらって、またこうやって広島へ帰ってくるという機会も与えてもらって、もう、いつ終わってもいいと思っているのは確かです
大学時代、真っ向勝負で井口にホームランを打たれて、初めて打たれて気持ちが良いと思った
母親からもらった最も大切な信条 ー 信念を貫き通す
最後はカープでユニホームを脱ぎたい
打たれる事が怖くなくなった時、僕のプロ野球選手人生は終わり
メジャーではいつも、通訳の人に『次の登板のその先のことは僕の耳に入れないでくれ』と言ってました。自分は次の登板で頭がいっぱいで、その先のことを言われると頭がパンクしてしまうので
(単年契約を結んでいることについて)複数年契約をしてしまうと、そこでケガをしたらチームにも迷惑をかけますし、思い切ってプレーするためには1年契約の方が自分のプレースタイルに合っているという判断です
こっちはボールを動かすのが基本だと思うので。日本にはない感覚ですけど、きれいな真っすぐを投げるより、しっかり動くボールを投げた方がいい。今までの自分のスタイルで抑えられるならいいけど、メジャーは甘くはない
『試合を壊してしまえば、一切の信頼を失ってしまう』という危機感は常に持っている
カープへの復帰はプロフェッショナルとしてワンランク上にいけると思った
メジャーのマウンドは高いし、硬いんで、体重を目いっぱい、前に乗せられる感覚があったんです。でも、こっちはちょっと軟らかい感じですね。特に沖縄の土はやわらかいので、踏み出した左足がしっかり噛んでくれない。体重をめいっぱい乗せたとき、ちょっとブレてしまうんです。そこは修正しないといけないなと思っています
力が残っている時に日本に戻る。もちろん広島で
ドジャースと契約が切れた時、カープに戻ろうと一度は決断した
結果も毎年良くなっているので、アメリカのやり方を信じてトライしたのも僕にとっては良かった
食事も普通なら登板前日は炭水化物をとる、栄養バランスを考える、となるけど、アメリカでは日本食レストランがないところもある。『これを食べないといけない』って考えたらストレスの一つになってくる。日本に帰ってきてからの食事は外食と、弁当をつくってもらって取りにいくという感じ。ニューヨークでも3年間、そういう生活だった。だから、サバイバル力というか、そういうものは身についてますね
(声援がすごすぎて自分の)引退試合という感じだったけど、うれしかったです
一つ思うのは、鈍感になるのも必要だということ。たとえば時差があって、いつもと起きる時間がずれたとき。神経質になり過ぎると、ストレスを感じ、普段通りできない部分がでてくる。時の流れに任せ、あえて鈍感にやった方がいいなと思ってました
僕らは市民球場でまったくお客さんが入らない時代も、万年Bクラスの時代も知っています。誤解して欲しくないんですが、カープは今はすごくプロ野球のチームっぽくなった(笑)。もちろん、いい意味で
野球の楽しさを教えて欲しい
メジャーリーガーにとって「心技体」の中で一番大切なのは「体」である
メンタルの究極はいつ壊れてもいいと思っています。人間そう思ったときが一番強いかなと思っているので
小学校、中学校でも楽しいと思ってやったことがない。勝負事は勝つだけじゃない。負けたときに楽しむのは難しい。自分の信念でやってきた部分がありますから
一度ヤンキースに断りを入れても、ヤンキースはもう1日待つという返事でヤンキース入り決めた
40歳になりますし、あと何年野球ができるか分からないですし、カープで野球をすることの方が1球の重みを感じれる
僕は高校時代補欠だった。それでも考え方、生き方を変えれば創造を超えた場所でプレイできる

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