山本昌の名言格言集

山本昌(やまもと まさ)

職業:プロ野球選手(投手)、野球解説者・野球評論家・スポーツコメンテーター 誕生:1965年8月11日 出身:神奈川県茅ヶ崎市

現役時代の全ての期間において中日ドラゴンズに在籍したフランチャイズ・プレーヤーで、日本記録である実働29年間の大半を先発左腕として活躍し6度のセ・リーグ優勝、1度の日本一を経験した。

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山本昌広の名言格言

とんでもない所に来てしまった

入団すればオヤジは喜ぶし、スカウトの方のメンツも立つ。八方丸く収まるならと、決断したんです

頑張りを続けていくとだんだんとそれが当たり前になっていく。そうやって自分の頑張るラインを上げていくと、「普通にできること」が増えていきます

有能だからヘッドハンティングされるのであって、これは勲章でもある。だが、それまで勤めていた会社で仕込まれ、仕事を教わったのだとしたら、給料の多寡やポストだけで転職していくのはどうだろう。僕なら、世話なった会社で、より能力を発揮したいと考えるに違いない

こうやって自分を奮い立たせることが、今もこうしてプレーしていることにつながっています

だからまあ、同世代のみなさんが僕の姿を見て元気になってくれるなら、できるだけ投げ続けたいとは思うかな

痛いから投げない。それを言ったら終わってしまうから

人によって最善の方法は違うので押しつけはしませんが、相談や質問されたときにアドバイスができるように準備しておこう、と自然と思うようになったんです

痛くない箇所を探して投げればいい

年をとれば体のメカニズムも変わるんだから、今までのスタイルにこだわらずにどんどん変えなきゃ

この28年間で野球界は様変わりしました。練習も根性一辺倒なものから、すっかり合理的になった

最後の悪あがきって言うのかな

だってさ、ダルビッシュみたいにそれを結果に繋げられていたら、400勝していたかもしれないじゃない。そんななかでも、技術とか色々と磨いてここまでやってこられたのは、僕らしいと言えば僕らしいんだけど

これまでの経験を生かし、若手にアドバイスをすることは、お世話になったドラゴンズへの恩返しである

先生のところに行くようになって、ピンチをチャンスに変えられたというか『転んでもただでは起きないぞ』と思えるようになった

俺、こういう(取材を受ける)の好きだから

なによりも、僕はチームが勝ってくれればそれでいいんです

みんな待ってるかな?

いいときはいいけど、新しいフォームだから、崩れたときが怖いよね。直し方もわからないから

長い間同じことを続けていると自分のやり方ができてくるものですが、頭を固くせず、柔軟に対応することが大切だと思います

僕は、年齢的にも立場的にもチームを引っ張ることが球団から求められるだろう

1点とられたら交代だったけどな

いいの、いいの、好きでやってるんだから

僕にとってやって当然のことは頑張ることには入りません。たとえば、日々の練習は毎日やって当然のこと。そこからどう頑張るかが重要なんです

だから、今年は、新しい変化球に取り組むつもりです

厳しい世界ということはわかっていました。だから入団当初はとにかく一生懸命に頑張ることだけでした

キャッチボールとかウエイトとか、地味な練習を続けることは得意なんだよ

何かプラスアルファを考えていかないと、そこを超えられないし、何も変わらないじゃないですか

要するに、ガキのまま大人になった。そのガキが、意外と強かったってことですよ、ははは

継続する力ってすごく大事だと思うんだ

俺は野球の神様の信者なんだ。ダッシュでもたまには1本くらいサボりたくなるけど、そういうことは絶対に神様が見ていると思うんだ。野球に対して嘘をついたら、絶対に神様は見抜くよ

小松辰雄さん、鈴木孝政さん、牛島和彦さん、郭源治さんといった錚々たるピッチャーの球を目の当たりにして、度肝を抜かれた

これだけ長く野球をやらせてもらえているんだから、今まで続けてきたことを無にするってもったいないじゃない

今でもキャンプ前日、新しいユニフォームに袖を通すたびに1年目のことを思い出すけど、よくぞここまで続けてこられたと思います

まっすぐの抑えが効かなくなった。こういう舞台を用意してもらってはずかしい。消耗戦にしてしまって申し訳ない。チームに迷惑かけて何しに来たんだという感じ

入団会見では『3、4年鍛えてから一軍で活躍したい』と言ったけど、一生かかってもたどり着けないと愕然としました

昔は後輩であってもライバルという意識が強くありました。最近は、何かあったときに答えられるように、後輩のプレーをきちんと見たり、勉強をしています。コーチには言えないけれど、先輩には言えるということもあるので

焦っているうちに広沢克己さんに3ランを打たれて、あっさり交代です

ここ数年は、6、7月になるとあえて「もう今年で引退か」と自分に言い聞かせます

色んなことを経験して多くの知識を身に付けていったけど、意外と大したことがなかったっていうね

球団からは『50歳までやってくれ』と言ってもらえているし、ファン、特に同世代の方たちもそれを望んでくれているからね。これだけ長く野球をやらせてもらえているんだから、今まで続けてきたことを無にするってもったいないじゃない。継続する力ってすごく大事だと思うんだ

僕はね、野球しかやってこなかったんで、今では選手でいることが楽しくて、他の仕事をしている自分が想像できないから

今はフォームを変えたりすることに何の抵抗もない

31年も現役を続けている自分が一番ビックリしている

やめたいとは思ったけど、やめるとは思わなかった。やめたいという気持ちとやめるという気持ちは違うものです

指名されたことは光栄だし、プロから認められて嬉しかったけど、大学に行くつもりだったからどう断ろうかと悩みました。それなのに中日ファンのオヤジは『プロになれよ』と無責任に背中を押す(笑)

開幕のふるいに落とされた一軍半の選手が戻ってきたチームと、二軍どっぷりの選手だけのチームは、まったく別物。簡単に打たれました

今だとプラス、『もったいない病』かな?

僕は20代より30代、30代より40代の方がしっかりと練習するようになりました。じゃないと、体力だけではなく、考え方も落ちてしまう

ガキだから、かな?よく、小学校の先生とかが生徒に『真面目に生活していれば、いつか必ずいいことがある』みたいに教えるじゃない。僕なんかも、それをずっと信じてやってきたからね。『野球の神様がいる』って信じているタイプだから

マイナスな状況の中でも頑張り続ければ何かが変わっていきます。ずっとトンネルばかりではないのです

野球の神様は、努力した人を決して裏切らない

岩田鉄五郎って80歳まで投げていたよね。僕はどんなに年をとっても、彼みたいに『ニョホホ~』なんて言いながら投げないけど、マンガの世界だとしても80まで投げられるのは夢があっていいよね

やめたいというのは甘えであって、いざとなると、やめたいとは言えない自分がいたんです

どんな状況であっても自分を高め、いつでも何が起きても対応できるようになりたい、そうあり続けたいと思っています

そして、あと○日しかユニホームを着られないのかと思うとさらに闘志が湧いてくるのです

もともとは学校の先生になりたかった。プロに指名されて入団したが、3、4年やってクビになったら、もう一度大学で勉強するつもりだった。200勝なんてとても頭になかった

オフなんだから練習はそこそこに。早くラジコンをしたい

昨年、二軍での調整が続いていて「もう引退か」と思っていた矢先、8月終わりに一軍に呼ばれ、ダメならもう引退という覚悟でマウンドに上がりました。そして勝利投手になったことで、「これはもう1年やれるんじゃないか」という欲が湧いてきた

去年は、たったの5勝しかできてないんですよ

自分の決めたことを継続してがんばる。そして、あきらめずに最後まで極めるために努力する

何を自分の「普通」に置くかがモチベーションを継続できるかの分岐点にもなります。「このくらいでいいや」と思わないことです

僕はね、無理な努力はしないの

キャッチャーのサインが分からない。生まれてはじめてのナイターで、指が影になるのを知らなかった

「このままでは終われない」、そう決心すると、腹の底からやる気が湧き上がってきた

ダメかも、と思うことはあっても諦めることはなかった

自分には、大した才能はない

ただ僕としては、この歳(46才)になっても、まだ成長する、まだ伸びる余地があると感じているんです

50歳まで投げるかどうか、その辺は分かりません

僕もたぶん、辞めるときには悔いを残して辞めると思うんです。ただし、後悔はしたくない。ああすれば良かったとか、こうしておけば良かったという後悔。それは残したくない

打線に助けられた試合もあれば、僕が打たれて負けた試合もある。持ちつ持たれつですから

それまでは中継ぎでも敗戦処理でもなんでもいいから、一軍で投げることが目標だったけど、プロでやる以上はしっかりやってもっと稼がないと損だと思うようになった

1年でも長く続けるために

トレーニングをすることは全く苦にならないから

逆境を乗り越えたこともあれば、『精神的に弱いな』と感じたこともあるし。その繰り返しかな

悪いときに諦めないことが大切。僕も、「このままじゃ終われない」と思ってやってきました。僕、しつこいんですよ

しつこい性格なので

最近の新人は甘いと言われてるけど、ぼくが見る限りは技術的にも、精神的にもしっかりしている。18歳の自分が今の時代に来たら?通用するわけない

ここまでやってこられたのは、総じて運がよかったってことになるんだろうけど、それプラス『俺はちゃんとやってきた』っていう支えがあるのも大きいよね

蝶を追いかける……僕はね、そんなのばっかりだから

じゃあ、ちょっと変だから、立とうかな

古いパソコンってシステムが立ち上がるまでの時間が長いじゃない。それと同じなんだよね。山崎なんかは元々体が柔らかいからすぐに動けるんだろうけど、僕は固いから無理。1月の自主トレから徐々に体を温めていってキャンプで仕上げるとなると、中盤くらいまで時間がかかっちゃう。そうなると万全な状態で開幕に臨めなくなるじゃない

『意外といけるかも』なんて勘違いしたけど、そんなに甘いもんじゃなかった

周りからは大変と思われるかもしれないが、勝つためにやることは苦労じゃないです

1シーズン投げ続ければ体に疲労が溜まる。その状態で長い間、休んでしまえば当然、体のあちこちが固くなるでしょ。そこから、急激にトレーニングを始めてしまうと肩やひじが痛くなることもあるし、怪我にも繋がってくる。40歳になってそれが顕著に表れるようになったから、『これは引退するまで体を動かし続けないといけないな』と思うようになった

後輩を見て「いいな」と思ったことは取り入れたりしています

片手間で野球をやっていると思われたくない。引退してからいくらでもできる

昔と同じでいるよりも、新しいことを追求していく方がいいと思います

個人の記録も嬉しいですが、それよりもチームに貢献できたことのほうが嬉しい

これくらいでいいやと自分に妥協すると、そこで止まってしまう

歴史書、とくに中国古典が好きでよく読むのですが、その中で出てきた「己を高める」という言葉が好きです

結果が出なくてしんどい時でも、『俺は練習をさぼったことなんてない。やってきたことは間違ってない』と自信を持って言えるぐらい、面倒なことを続けてきたから

8試合しか投げてないのに、その年の契約更改で年俸がいきなり3倍になったんです

僕の中で”後悔”と”悔い”は違うものなんですよ。何年やっても、悔いは残ると思う。やり残したもの、という意味に近いかも知れませんね

余裕はないけど意識はしたいね

苦しい場面もあったが、すべてを含めて野球は苦しいのは当然。だから勝った時の喜びは格別。それを味わいたくて

選手なら現役を続けたいというのは当然の思いです

だってさ、家にいたって暇なんだもん

僕が励みにしてきたことのひとつに、野茂(英雄)くんの引退の時の言葉があるんです。『悔いはあります』という言葉。彼ほど野球を続けるために多くのチーム、国を渡った男もいないでしょう。そんな彼でさえ、辞めるときには悔いを残した。あの言葉には、すごく共感できるものがあります

僕は野球を裏切ったことは一度もありません

ひとつ勝つと、次も頑張ろうという意欲が出る

1月の新人合同練習で真っ青になっていたんですが、2月からのキャンプは想像を超えていました

正直、『50歳までの2年間がどれだけ大変か……』と感じることもあるけど、『いつまでも投げていたい』って夢があってもいいじゃない!

翌日の大洋戦が最終戦なのに、即座に名古屋に帰らされて……散々でしたね

トレーニングを続けていれば、少なくとも『肩やひじが痛いな』なんてことにはならないから

たしか6時限目の途中だったかな。教頭先生が教室にいたぼくを呼び出して、『中日に5位で指名されたよ』と教えてくれたんです。中日のスカウトの方には一度もお会いしてなかったし、ただひたすら驚きましたね

技は年を取ったらあがっていくし、心は気持ちの持ちようだ

あそこで甘えなかったことが、今でも続けられているひとつの要因にはなった

プロスポーツ選手であれば、野球に限らずサッカーでも、なんでもそうだと思うのですが、誰もがファンの声援を浴びたくてプレーをしているのだと思います

好きで始めた野球、自分で決めた野球人生

俺、ベテランだよな?若い奴らと同じだけ走ったら体力が持たないって