島崎藤村(しまざきとうそん)
日本の詩人、小説家。『文学界』に参加し、ロマン主義詩人として『若菜集』などを出版。さらに小説に転じ、『破戒』『春』などで代表的な自然主義作家となった。作品は他に、日本自然主義文学の到達点とされる『家』、姪との近親姦を告白した『新生』、父をモデルとした歴史小説の大作『夜明け前』などがある。
島崎藤村の名言格言
人力の限りあるを知るのが自信だ
好い笑いは、暖かい冬の陽ざしのようなものだ。誰でも親しめる
生きたくないと思ったって、生きるだけは生きなけりゃなりません
病のある身ほど、人の情の真と偽とを烈しく感ずるものは無い
人の世に三智がある。学んで得る智 人と交わって得る智 みずからの体験によって得る智 がそれである
かつては「平和」のために軍備が拡張せらぬばならぬと言われた。いまは「平和」のために軍備が縮小せらぬばならぬと言われる。「平和」がそれを聞いたら何と答えるだろう
わたし達の急務は、ただただ眼前の太陽を追ひかけることではなくて、自分等の内に高く太陽をかかげることだ
涼しい風が吹いて来る
いつまでも君、恋の影なぞに欺されて居られるものか。唯、誠が残ればいい
私たちの不安は何一つ自発的に働きかけるようなものを持たないで ただただ受け身の位置にあることを暗示させられる所からくる
若き聖ののたまはく 道行き急ぐ君ならば 迷ひの歌をきくなかれ
愛の舞台に上って馬鹿らしい役割を演じるのは、いつでも男だ
強烈な威圧の力も結局小さなたましい一つをどうすることも出来ない
旅じゃ有りませんか、誰だって人間の生涯は
仮令(たとい)私は卑賤しい生まれでも、すくなくとも皆さんが立派な思想を御持ちなさるように、毎日それを心掛けて教えて上げた積もりです。せめてその骨折に免じて、今日までのことは何卒(そうか)許して下さい
うらわかき想像は長き眠りより覚めて、民俗の言葉を飾れリ。伝説はふたゝびよみがへりぬ。自然はふたゝび新しき色を帯びぬ。明光はまのあたりなる生と死とを照せり、過去の壮大と衰頽とを照らせり
弱いのは決して恥ではない。その弱さに徹しえないのが恥だ
なげきと、わづらひとは、わが歌に残りぬ。思へば、言ふぞよき。ためらはずして言ふぞよき。いさゝかなる活動に励まされてわれも身と心とを救ひしなり
わきめもふらで急ぎ行く 君の行方はいずこぞや 琴花酒のあるものを とどまりたまえ 旅人よ
誰か旧き生涯に安んぜむとするものぞ。おのがじし新しきを開かんと思へるぞ、若き人々のつとめなる
明日は、明日はと言ってみたところで、そんな明日はいつまで待っても来やしない。今日はまた、またたく間に通り過ぎる。過去こそ真(まこと)だ
ああ、自分のようなものでもどうかして生きたい
ずっと年をとってからの日のために、雪が降ったから茶でも飲みにお出で下さいと言えるような、そういう老後の友達を三、四人つくって置きたい
一生に秘訣とはこの通り簡単なものであった。「隠せ」――戒はこの一語(ひとこと)に尽きた
彼は人から聞いた話よりも、彼自身の内部に一層よく父を見つけて行った
待ち受けた夜明けは、何もそう遠いところから白んで来るでもなく、自分の直ぐ足許から開けて行きそうに見えた
われわれは何処へ行っても、皆な旧い家を背負って歩いてるんじゃ有りませんか
新しきうたびとの群の多くは、たゞ穆実なる青年なりき。その芸術は幼稚なりき、不完全なりき、されどまた偽りも飾りもなかりき。青春のいのちはかれらの口唇にあふれ、感激の涙はかれらの頬をつたひしなり
手を貸して下さい。この病後の力なさをお救ひ下さい。私も今このまゝ旅の途中で倒れたくはありません
すべて、徹底を願うことは、それにともなう苦痛も多い。しかしそれによって与えられる快感は何ものにも見出すことが出来ない
お伽噺の無い生活ほど、寂しい生活は無い
結婚するのに精神の勇気を要するならば別れるのにとっては猶更精神の勇気を要する
こうしているのがこれが君、人生かね
同じ一つの時代にもひき潮の時期があり、さし潮の時期がある。四季が循環するように、冷熱は一代の人の心を従来してやまない
人間も忿怒を制えないうちは、本当に自然を友とすることはできない
人が四十三歳にもなれば、この世に経験することの多くがあこがれることと失望することとで満たされているのを知らないものもまれである
遂に、新しき詩歌の時は来たりぬ
昨日またかくてありけり 今日もまたかくありなむ この命なにをあくせく 明日をのみ思いわずろう
木曽路はすべて山の中である
田山君、死んでゆく気持ちはどうだね
この世にあるもので一つとして過ぎ去らないものは無い。せめてその中で誠を残したい
生命は力なり。力は声なり。声は言葉なり。新しき言葉はすなわち新しい生涯なり
人間のためと言いましても自分のすぐ隣にいる人から始めるよりほかに仕方がない
文章を添削することは心を添削することだ。その人の心が添削されない限りは、その人の文章が添削されようがない
寂しい道を歩き続けて来たものでなければ、どうしてそれほど飢え渇いたように生の歓びを迎えるということがあろう
皆一緒に学校を出た時分──あの頃は、何か面白そうなことが先の方でわれわれを待っているような気がした
何卒(どうぞ)私の言うことを克く記憶(おぼ)えて置いて下さい
今日まで自分を導いてきた力は明日も自分を導いてくれるだろう
人生は大いなる戦場である
新しき言葉はすなわち新しき生涯なり
ユーモアのない一日は、極めて寂しい一日である
親はもとより大切である。しかし自分の道を見出すということは、なお大切だ。人は各自自分の道を見出すべきだ
古いものを壊そうとするのは無駄な骨折りだ。ほんとうに自分等が新しくなることが出来れば古いものは壊れている