荘子(そうし)
中国戦国時代の宋の蒙(現在の河南省商丘市民権県)に生まれた思想家で、『荘子』(そうじ)の著者とされ、また道教の始祖の一人とされる人物である。
荘子の名言格言
明鏡止水(めいきょうしすい)
死を視ること生のごとし
之を聴くに、心をもってせよ
鷦鷯森林に巣くうも一枝に過ぎず。偃鼠河に飲むも、満腹に過ぎず
犬はよく吠ゆるを以って良とせず、人はよく話すを以って賢とせず。
胡蝶の夢
機械を用いるものは機事をめぐらす
道は通じて、一たり
駿馬は一日に千里走ることができるが、鼠を捕まえることでは猫にはかなわない。
善を為すも名に近づく無く、悪を為すも刑に近づく無し
宰相と為らずんば、則ち良医と為れ
自然には差別はなく、命は等しい。
管(くだ)を用いて天をうかがい、錐(きり)を用いて地を指すなり。
畸人(きじん)なる者は、人に畸(き)して、そうして天にひとし
其の俗に入らば、其の俗に従う
敬を以てする孝は易く、愛を以てする孝は難し。親を忘るるは易きも、親をして我を忘れしむるは難し。
和して唱えず
功を以て人に勝つことなかれ。謀を以て人に勝つことなかれ。戦を以て人に勝つことなかれ。
その耆欲、深き者は、その天機、浅し。
無用たらんとつとめた櫟(クヌギ)の木
聖人なる者は天地の美に基づきて万物の理に達する。
高きに登るも慄れず、水に入っても濡れず、火に入っても熱からず、雲気をしのいで永久に生きるもの
水の積むこと厚からざれば、則ち、大舟を負うに力なし
受け身の生き方に自由で主体性のある生き方がある
一人で立てた計画は不完全だが、二人で立てた計画はもっとよい
人は皆、有用の用を知るも、無用の用を知らず。
その生や浮かぶごとく、その死や休(いこ)うがごとし。
其の愚を知る者は、大愚にあらざるなり。其の惑を知る者は、大惑にあらざるなり。大惑なる者は終身解せず、大愚なの者は終身霊ならず。
兄弟は手足、手足を断てば、再び継ぎ難い
徳をもって人に分かつ、これを聖という。財をもって人に分かつ、これを賢という。
井の中の蛙、大海を知らず。
利を見てしこうして、その真を忘る
至楽は楽しみなく、至誉は誉れなし。
力足らざれば偽り、知足らざれば欺き、財足らざれば盗む
面と向って人を褒めたがるやつは、影に回ると悪口を言いたがる。
おくらず、むかえず、応じて、しかしておさめず
至人は己無し、神人は巧無し、聖人は名無し
荘周、夢に胡蝶となる
将(おく)らず迎えず、応じて蔵(おさ)めず。
いかなる人も夢を見ている限り、それが夢であることに気づかない。
憂あれば、則ち救われず
人間がこの地上に立つために必要なのは足をおく余地だけだが、その余地以外をぜんぶ奈落にまでつづく空間にしてしまったら、地面としての役に立つだろうか。立たないではないか。無用がじつは用の足しになる
至言語は言を去る
君子の交わりは淡きこと水のごとし、小人の交わりは甘きこと醴のごとし。
人の適を適として、自ら其適を適とせざる者なり。
大を用うるに拙(せつ)なり
命長ければ、恥多し。
道は小成に隠れ、言は栄華に隠る。
窮するもまた楽しみ、通ずるもまた楽しむ。楽しむ所は窮通に非ざるなり。
時に安んじて順に処れば、哀楽入る能わず
無用の用(むようのよう)
吾が生や涯りあり、しかして知や涯なし