坂本龍馬(さかもと りょうま)
職業:志士、土佐藩郷士 誕生:1836年1月3日 死没:1867年12月10日 出身:土佐国土佐郡上街本町(現・高知県高知市上町)
諱は直陰(なおかげ)、のちに直柔(なおなり)。通称は龍馬(竜馬)。 他に才谷 梅太郎(さいたに うめたろう、さいだに うめたろう)などの変名がある。土佐藩郷士の家に生まれ、脱藩したあとは志士として活動し、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中(のちの海援隊)を結成した。薩長同盟の成立に協力するなど、倒幕および明治維新に関与した。大政奉還成立の1か月後に近江屋事件で中岡慎太郎、山田藤吉らとともに暗殺された。暗殺者は諸説あるが、京都見廻組という説が有力である。1891年(明治24年)4月8日、正四位を追贈される。
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坂本龍馬の名言格言
意味さえわかれば、よいではないか
一生に一度ぐらい手品もいいだろうが、物事にゃ実がなくちゃ人はついてこない
万事、見にゃわからん
男は喧嘩をするときには断乎喧嘩をするという大勇猛心をもっておらねば、いかに各論卓説を口にしていても、ひとは小才子としか見てくれぬぞ
人の一生というのは、たかが五十年そこそこである。いったん志を抱けば、この志に向かって事が進歩するような手段のみをとり、いやしくも弱気を発してはいけない。たとえ、その目的が成就できなくてもその目的への道中で死ぬべきだ。生死は自然現象だから、これを計算に入れてはいけない
財政の独立なくては、思想の独立もなく行動の自由もない
俺は落胆するよりも、次の策を考えるほうの人間だ
人間はなんのために生きちょるか知っちょるか?事をなすためじゃ。ただし、事をなすにあたっては人の真似をしちゃいかん
業なかばで倒れてもよい。そのときは、目標の方角にむかい、その姿勢で倒れよ
俺は着実に物事を一つずつ築きあげてゆく。現実に合わぬことはやらぬ
私ももしも死ななんだりや、四五年のうちにハかへるかも、梅雨の命ハはかられず
男の不幸は、馬を得るか得ぬかにある
慎重もええが思いきったところがなきゃいかん。慎重は下僚の美徳じゃ。大胆は大将の美徳じゃ。将か士かは人のうまれつきで決まるものだがお前は大将修行をやれ
わずかに他人より優れているというだけの知恵や知識が、この時勢に何になるか。そういう頼りにならぬものにうぬぼれるだけで、それだけで歴然たる敗北者だ
人間、不人気では何も出来ませんな。いかに正義を行なおうと、ことごとく悪意にとられ、ついには自ら事を捨てざるをえなくなります
道は長い。けいこつに果てるな。事にやぶれれば腹なんぞ切らずに命のつづくかぎり駆けて戻って来い
丸くとも一かどあれや人心 あまりまろきは ころびやすきぞ
人の諸々の愚の第一は他人に完全を求めるというところだ
戦わずして敵の不意を誅するのが、上乗の戦さというものである。どうすれば戦わずして勝ちうるか奇計異術では出来ない。誠をもって押してゆく以外にない
一旦志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、いやしくも弱気を発してはいけない。たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ
先人の真似ごとはくだらぬ
金よりも大事なものに評判というものがある。世間で大仕事をなすのにこれほど大事なものはない。金なんぞは評判のあるところに自然と集まってくるさ
地球を動かしているのは、思想ではなく経済だ
此頃ハ天下無二の軍学者勝麟太郎という大先生に門人となり、ことの外かわいがられ候て、先きゃくぶんのようなものになり・・・すこしエヘンにかおしてひそかにおり申候。達人の見るまなこはおそろしきものとや、つれづれにもこれあり。猶エヘンエヘン、かしこ
暗ければ、民はついて来ぬ
今は力を培養するときだ。その時機を辛抱できぬのは男ではない
人間に本来、上下はない。浮世の位階というのは泰平の世の飾りものである。天下が乱れてくれば、ぺこぺこ剥げるものだ。をなさんとすれば智と勇と仁を蓄えねばならぬ
人生は一場の芝居だというが芝居と違う点が大きくある。芝居の役者の場合は舞台は他人が作ってくれる。なまの人生は自分で自分のがらに適う舞台をこつこつ作って、そのうえで芝居をするのだ。他人が舞台を作ってくれやせぬ
見まわしたところ、それぞれ優れた面魂の男ばかりだ。一片の侠気義心のために死をも辞せぬのが諸君であろう。しかし、それは所詮はおのれ範囲を出ぬ。心を変えろ、心を。日本を背負う気になってみろ。その気になって背負えば日本などは軽いものだ。いやそれがむしろ悲しい。病み呆けた老婆よりも軽い
人よりも一尺高くから物事を見れば道は常に幾通りもある
他人の命は他人様それぞれの料簡で始末すればいいが、俺の命は俺の一存で成改できる
男子の志は、簡明直裁であるべきだ
志さえ持てば、前身がなんであろうとかまわぬことだ
人の運命は、九割は自分の不明による罪だ
人間、好きな道によって世界を切り拓いていく
逃げ路があるかないかということは天が考えることだ。おれたちは、とにかく逃げることだけに専念すればいい
男子は生あるかぎり、理想をもち、理想に一歩でも近づくべく坂をのぼるべきである
おのおの、その志のままに生きよ
当時二ても土佐国ハ幕の約にハ立不甲(たちもうさず)位の所ハ相はこび申し候。今年七八月にも相成候へバ、ことにより昔の長薩土と相成可甲(あいなりもうすべし)と相楽ミ居甲候
夢中で日を過ごしておれば、いつかはわかる時が来る
男はどんなくだらぬ事ででも死ねるぞという自信があってこそ、大事を成し遂げられるものだ
人間というものは、いかなる場合でも好きな道、得手の道を捨ててはならんものじゃ
人おのおのが志を遂げられる世の中にしたいものだなぁ
生きるも死ぬも物の一表現に過ぎぬ。いちいちかかずらわって おれるものか。人間、事を成すか成さぬかだけを考えておればよい
そのことは我が胸に成算がある。やろうと思えば世に出来ぬことはない
世に生きものというのは人間も犬も虫もみな同じ衆生で上下などはない
古来、英雄豪傑とは、老獪と純情の使いわけのうまい男をいうのだ
ご相談被遣(つかわされ)候建白之儀、万一行ハレザレバ固(もと)より必死の御覚悟故、ご浄化白無之(これなき)時は、海援隊一手を以て大樹参内の道路ニ待受
以上八策は、方今天下の形勢を察し、之を宇内(うだい)万国に徴するに、之を捨てて他に済時の急務あるべし。苟(いやしく)も此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国と並立するも亦敢て難(かた)しとせず。伏(ふし)て願(ねがは)くは公明正大の道理に基(もとづ)き、一大英断を以て天下と更始一新せん
人として生まれたからには太平洋のようにでっかい夢を持つべきだ
一つの概念をしゃべるとき、その内容か表現に独創性がなければ男子は沈黙しているべきだ
人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある
自分の防衛に汲々としているようなことでは大事が成せるか
俺は議論はしない、議論に勝っても人の生き方は変えられぬ
何でも思い切ってやってみることですよ。どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様、骨となって一生を終えるのだから
人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ
日本を今一度せんたくいたし申候
わしゃーもーだめだ、頭をやられとる、お前はだいじょうぶか?(だめだ声がでん)
とんとんと登る梯子(はしご)の真中程で 国を去って薩摩同志 楼に上がる貧乏の春 辛抱しゃんせと目に涙
世の既成概念を破るというのが真の仕事である
四、五十人も人数が集まれば一人ぐらいは異論家はいる。いるのが当然でもある。その一人ぐらいの異論を同化できぬ己を恥じろ
偏見を持つな。相手が幕臣であろうと乞食であろうと教えを受けるべき人間なら俺は受けるわい
世の中の人は何とも言わば言え、我がなすことは我のみぞ知る
英雄とは自分だけの道を歩く奴のことだ
世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る