安達了一の名言格言13選

安達了一(あだち りょう)

プロ野球選手として、そして一人の人間として、安達了一さんが紡いできた言葉には、多くの人々の心を打つ力があります。突然の病との闘いや、周囲への感謝、そして未来へのメッセージ。彼の言葉は、困難に立ち向かう勇気や、身近な人への愛情を改めて教えてくれます。ここでは、安達さんの等身大の思いが詰まった名言を、その本質を捉えた解説と共にご紹介します。

安達了一の名言格言

1. 病への戸惑いと現実

まさか自分が病気になるなんて思っていなかったし、それも難病指定されているような病気になるなんて、「まさか」という感じでした。

予期せぬ難病指定は、本人にとって大きな衝撃であり、現実を受け入れるのに時間を要した。

2. 支えへの感謝の深さ

まわりの支えが大きかったですね。家族も励ましてくれましたし、チームメイトも「待ってる」と言ってくれました。ファンの方々や同じ病気を持っている方からも手紙をたくさんいただいて、それが本当に励みになりました。まわりの人がいたからこそ頑張れたのは間違いないです。

家族、チームメイト、ファン、同じ病を持つ人々からの声援が、困難を乗り越える力となった。

3. 自然な関係を望む心

個人的には、あまり気を遣われすぎるのも嫌なので、いつも通りに接してくれるほうが有難いですね。病気のことは理解しつつも、ちょっとだけ気にかけてくれるくらいで、あとはいつも通りにしてもらえたらいいんじゃないかなと思います。

病気を特別視せず、普段通りに接してくれることが、本人の負担を減らすことに繋がる。

4. 病気公表の意義

潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患は、最近では子どもの患者さんも増えているみたいなんです。28歳の僕でもつらかったので、子どもたちはもっと負担が大きいと思いますし、子ども以外にも苦しんでいる人はたくさんいます。自分は病気になったことを公表したので、それを機に少しでも何か助けになればと。

自身の経験を公表することで、同じ病に苦しむ人々への支援や啓発に繋げたいという思い。

5. 守れない約束と葛藤

自分の中で、守れなくなったら引退というのがありましたので、ほっともっと(5月1日のロッテ戦)の試合で1イニング3失策してしまったあたりから様子がおかしくなって、悩むようになった。

自身の判断基準であった「守れなくなったら引退」という決意が揺らぎ始めた苦悩。

6. 苦い経験の重み

良い試合は印象に残っているのはいっぱいあるんですけど、近いところで言ったら、あまり良くないんですけど、やっぱり失策した試合が自分の中でずっと残ってしまいます。自分の分かれ道だったのかなと思いますね。

良くも悪くも、失策した試合の記憶は強く残り、自身のキャリアの転換点であったと振り返る。

7. 恵まれた人脈への感謝

プロ13年間、本当に周りの人に恵まれました。

プロ野球人生13年間、周囲の人々に支えられ、恵まれた環境でプレーできたことへの感謝。

8. 復帰の歓声の記憶

あの復帰した試合の歓声は一生忘れません。

復帰試合で送られた観客の温かい歓声は、一生忘れられない感動的な瞬間だった。

9. 偉大な先輩への敬意

正直、兼任コーチになった時、中嶋聡さんを越す10年はやろうと思っていました。1年で無理でした。偉大な方だなと心から思いました。

兼任コーチ就任時、偉大な先輩・中嶋聡氏を目標に掲げたが、1年で断念し、その偉大さを痛感。

10. 後輩への期待の言葉

紅林(弘太郎)にだけ一言。いつまでも先輩に頼っていないで、自分がチームを引っ張ってくれ。

後輩・紅林選手に対し、先輩に頼るだけでなく、チームを牽引する存在になってほしいという期待。

11. 両親への感謝の表明

両親へ。こうして野球ができ、終えられるのも、野球をやらしてくれた両親のおかげです。本当にありがとう。

野球を続けられたのは、両親の支えがあってこそ。その恩恵への深い感謝の気持ち。

12. 妻への深い感謝と誓い

妻へ。病気になった時、一番辛くて、大変だったと思います。子育ても大変なのに、好きなようにさせてくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。

病気と育児に苦しみながらも支えてくれた妻への感謝。これからも共に歩む決意。

13. 恩人への感謝の言葉

T(T-岡田)がいなかったらここまでできてなかった。

恩人であるT-岡田選手の存在が、自身の選手生命を支える大きな力となっていたことへの感謝。