不幸な環境は人間を強くするというのは嘘だ
経済人であれ政治家であれ、周囲に威張りちらさないと存在感を示せない人が社会的・経済的に成功するわけがない。それは民主主義の長所の一つである
自立心だ。自分自身を頼りにする気持ちだ。自分以外の物事に必要以上に影響されないことだ
芸術家も同じだが、本当の政治的カリスマも最初は嫌悪をもって迎えられるんだ
生きろ、そう叫びながら心臓はビートを刻んでいる
決断しなければ獲物は逃げてしまう
快楽とは、生き延びるのに必要なことがらをやった場合に与えられる
金だけでできることは面白くない。金だけではF1チームは作れない。ノウハウの蓄積が必要で、そのノウハウは自分で手に入れない限り、誰も教えてくれない。そして、この世の中で面白いことはすべて 不動産屋的発想ではできない。この種の発想に寄ってくるのは男も女もカスばかりだ
人の死は、物理的な消滅だが、完全に別人になってもその人は生きていかなくてはならない
「カンブリア宮殿」という番組で多くの経営者の話を伺っていて感じるのは、時代の変化に直面した企業が自らの資源を再発見し、再構成することの重要性です。それを新たな時代に活かすことで、生き残った企業がたくさんあります
自分の限界を知るのは大変で、大切だ。限界までいったことのない奴が、自分にはもっと可能性があったはずだと悔やんで、他人に依存するようになる
「仲良くしなくてはいけない」というプレッシャーがこの国ではすごい
永遠に挑戦者であることは出来ない。 しかし、挑戦者の感覚を持続できない奴は前に進めない
人間は柔らかい生きものだ、その柔らかさ、脆さ、危うさが人間を人間たらしめている
まず、何のために努力をすればいいのかを分かった人、あるいは努力の対象を見つけられた人、こういう人たちが成功者へのスタート台に立つんじゃないでしょうか
私の両親は東京より西にある九州にいるが、私はそこに避難するつもりはない。家族や友人、被災した人々とここに残りたい。残って、彼らを勇気づけたい。彼らが私に勇気をくれているように
全てを失った日本が得たものは、希望だ。大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。だから私は信じていく
何かを強制されている個人や集団を見ると、ただそれだけで、不快になるのだ
真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意と絶望が隣り合わせに存在している
狩猟それ自体がすでに快楽だ
男の容量を決定するのは、その二つだ。情報と、快楽
全ての男は、ハンターで、実業家で、そして芸術家だったんだ
『俺は必ずやれる』という意思と喜び、それを才能という。決め付けちゃいけない。才能が無いと決め付ける方が楽だ
ヒューマニズムは霧のようなもので、ものが見えなくなる
衣服が汚れたり、不潔になったりしてくると、人間はプライドが無くなって、不注意になって、敵からやられる
生きようという姿を示すだけで、他のだれかに何かを与えることができるのではないか
僕が切り捨てるのではない、生態系が切り捨てるんです
集団のルールには従わないといけない、という決まりごと以外に、わたしたちは目の前の個別の児童・生徒に対し、果たして言葉を持っているのだろうか
悪いのは周囲だと決めつけると、気持ちが内向きになるだろ
いかに自殺しそうな人間は案外死なないんだ、本当に弱ってる奴には死ぬ元気もないからな
自分が全力で取り組める一生の仕事を持っているかどうか。人生はその一点にかかっている
我々は東日本大震災からものすごく大事なことを学びました。ひとつは小さなコミュニティで助け合うこと、もうひとつは既存のシステムや考え方に依存しないということです
努力して手に入れるものに価値があるというのは、芸術家とスポーツ選手にだけ言えることで、貧乏人には当てはまらない、嘘なんだ
成功者の定義と条件は、誇りや充実感のある仕事と信頼できる最小限の共同体を持っていること
モチベーションという概念は、希望につながっていなければならない
美しいものと一緒にいると、自分は間違っていないと思える。美人は三日で飽きるというのは、ブスの自殺を救うための嘘である
この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない
倒れまいとして次々に足を前に出す、それが走るということだ、最初に二本足で立ち上がったサルはきっと全力で走ったんだ
奴隷は実に楽だ、主人のいいなりに生きればいい
いくら時間と知恵を費やしても飽きないモチベーション持った人は、必ず成功する
もっと重大な問いが意識の底から浮かんでくるようになった。「いったいこれまでの自分の人生って何だったのか」という問いだ
生きてさえいれば、またいつか、空を飛ぶ夢を見られるかも知れない
放たれた弾丸はすでに過去なのだと俺は知っている。狙われた獲物にとってその弾丸は未来だ
牝が得られず、繁殖からとり残された寂しい牡の鳴き声は、あらゆる男の胸の奥と性器を震わせる。女にはわからない
中高年が再就職先を見つけるのは絶望的にむずかしいのだ
自分の欲しいものが何か分かっていない奴はその欲しいものを手に入れることができない
たとえ、どれほどの苦しい状況に追い詰められても、簡単に死を受け入れてはいけないのだ
この世には経済を支える人と、それを受けて享楽に耽る人がいる
自分を許せない時期は辛いが、その果てにしか素敵な笑顔はないのだ
この国では、無知、あるいは知識や情報が足りないことが場合によって罪悪になるという認識が薄い
雨には優しさがあると思う。燦々と降りそそぐ日差しは確かに爽快だが、気分が沈んでいるときなど、その明るさを敬遠したくなることがある
適者生存がどのようなレベルであれ、正しいと言うことです
偶然と欲望と生理がからまって歴史ができる
幸福って曖昧で、定義もはっきりしていないですから、何にいちばん幸せがあるのだろうとか、そういうことを考えるより、自分にいちばん気持ちがフィットしたり充実したり、刺激的なことを、何かを始めることですよね
言葉で相手を説得するというより、相手の懐に入るのを優先させてきたのだが、もうそんな時代ではないのかも知れない
狩りをしない奴は人間じゃなくて、まだ猿なんだ、いや猿に戻ったというべきかな
ダメな女というタイトルを見てどきっとした女はダメな女ではない
頭脳ではなく、内臓で書かれた小説だけがリアルなのだ
みんなの共通の目的は金しかねえが、誰も何を買えばいいのか知らねえのさ、だからみんなが買うものを買う、みんなが欲しがるものを欲しがる、大人達がそうだから子供や若い連中は半分以上が気が狂っちまってる
人は案外簡単にホームレスに転落する
愛する人間が死ぬのを見るより、愛する人間が狂ってるのを見る方が辛いんじゃないかな
自分が認める勇気がない時に他人から真実を指摘されると、動揺するものだ。動揺の度合いが強ければ強いほどその指摘にはリアリティがある
絶望したときに発狂から救ってくれるのは、友人でもカウンセラーでもなく、プライドである
先が見えない困難と向かい合っているときは、最優先事項を決めた上で、「1日を無事終えればよしとする」という態度も重要ではないでしょうか
人生はテニスのシングルスゲームと同じで、誰かが誰かを幸福にすることなどできない。他人にしてやれることなど何もない。他人を支配するのも無理だし、支配されることもできない。もし何か他人に対してできることがあるとすれば、キラキラしている自分を見せてやることだけだ
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